勤王の志を今に伝える高山神社にゃ🐾 学業・家内安全を祈る藤咲く聖地へ猫・犬御朱印を求めて🐱

にゃっほ〜♪
アメリカンカールのルリマだにゃ🐾
群馬県太田市の小高い天神山の上にある高山神社は、尊皇思想家・高山彦九郎(たかやまひこくろう)様を祀る神社にゃ。
明治維新の志士たちにも影響を与えた偉大な人族で、「志の神様」として今も多くの人に敬われているんだにゃ。
神社の参道には、にゃんと二百段の石段!
登りきった先には、清らかな風と静けさに包まれた神域が広がっているにゃ。
春には藤の花が満開になって、紫の花房がまるで天から降るように咲き誇るんだにゃ。
あまい香りに包まれながら手を合わせると、心がふっと軽くなって、まるで彦九郎様が「よく来たね」って微笑んでくれている気がするにゃん。
ここでは、学業成就・家内安全・国家安泰など、努力を続ける人族の願いをやさしく見守ってくれるにゃ。
さらに、季節ごとに変わる「猫御朱印」や「戌の日御朱印」も人気で、参拝の楽しみがいっぱいにゃ🐾
歴史と自然、そして人々の想いが重なり合うこの場所は、まさに“志が息づく聖地”にゃ。
もし少し疲れたときや、自分の道に迷ったときは、ここで深呼吸してみてほしいにゃ。
藤の香りと山の風が、きっと“また前を向こう”って背中を押してくれるにゃん🌸


🐾高山神社ってどんなところにゃ?🐱
🏯群馬・太田にある尊皇思想の聖地だにゃ
群馬県太田市にある高山神社は、尊皇思想家として知られる高山彦九郎(たかやまひこくろう)を祀る神社にゃ。
明治元年、太田宿本陣の橋本多賀之助さんが「彦九郎の志を後世に伝えたい」と願って、政府に神社創建を申し出たのが始まりだにゃ。
その後、地元の人族や各地の有志が力を合わせて資金を集め、明治12年(1879年)、天神山の中腹に社殿が建てられたにゃ。
なんと、宮内省からの800円、皇族や岩倉家からの寄付もあったそうで、当時としては大きな信頼を得ていた証にゃん。
鎮座祭には、東京の氷川神社の宮司さまが祭主を務め、荘厳な雰囲気の中で神様としてお迎えされたんだにゃ。
それから時を経て、昭和の初めに社殿は山頂に遷座。神明造の立派な社殿が完成し、昭和13年には県社に指定されたにゃ。
つまり、高山神社は「志の神様」を祀る群馬の誇り高き社(やしろ)にゃの。
この神社には、勤勉・誠実・志を重んじる彦九郎の教えが息づいていて、
学業成就・家内安全・国家安泰を願う参拝者が今も絶えないにゃ。
まるで、明治維新を支えた「志の炎」が、ここで今も静かに灯っているように感じるにゃん。

⛩二百段の石段をのぼると出会える静寂の空気にゃ
高山神社への参道には、二百段を超える長い石段があるにゃ。
この石段は、地元の学生さんや運動部が日々トレーニングに使うほどで、登るだけでも健脚祈願になるんだにゃ。
ルリマも猫族代表として挑戦してみたけど、途中でちょっと息が上がったにゃ……🐾
でも、上まで登りきった瞬間、ふわっと風が頬をなでて、木々のざわめきが心にしみたにゃ。
その静寂と清らかな空気に包まれると、不思議と心の中のもやもやが消えて、志が整う気がするにゃ。
この階段を登ること自体が「修行」なんだにゃ。
人族が願いを込めて一歩ずつ上るたびに、彦九郎の志と自分の想いが重なっていく――
そんな“にゃんとも不思議な体験”が待っている場所にゃん。

🐾御祭神・高山彦九郎ってどんな人族だったにゃ?🐱
🇯🇵日本を思い続けた“寛政の三奇人”のひとりにゃ
高山彦九郎(たかやまひこくろう)様は、延享4年(1747年)に群馬県太田市細谷町で生まれた人族にゃ。
名は「正之(まさゆき)」といい、通称が「彦九郎」。江戸時代の中頃、蒲生君平や林子平とともに「寛政の三奇人」と呼ばれたほどの才気あふれる思想家にゃん。
▼参考:太田市 高山彦九郎記念館・寛政の三奇人(奇士)の系譜
わずか13歳で『太平記』を読み通して「この国のあり方を正したい」と志を立て、
18歳のときには家を出て、全国を巡る旅に出たにゃ。
行く先々で学者や志士、名のある人族たちと語り合い、その数はなんと4,000人を超えたといわれているんだにゃ。
彦九郎様の掲げた「勤王思想(きんのうしそう)」は、
幕末の志士たち――たとえば吉田松陰、高杉晋作、西郷隆盛といった偉人たちにも深く影響を与えたにゃ。
つまり、彼は明治維新の夜明けを導いた“心の師”とも言える存在なんだにゃ。
京では岩倉具選の屋敷に身を寄せ、天皇陛下(光格天皇)にも拝謁しているにゃ。
そのときの感激を詠んだ歌がこちらにゃん:
我を我と しろしめすかや すべらぎの 玉のみ声の かかる嬉しさ
この一首には、天皇への敬愛と、この国を思う純粋な気持ちがぎゅっと詰まっているにゃ。
まさに、志の人・彦九郎にふさわしい歌にゃん。

🙏なぜ神様として祀られているのかにゃ?
そんな彦九郎様の生き方は、決して楽なものではなかったにゃ。
「尊号一件」と呼ばれる事件で幕府に警戒され、各地を転々とした末に、寛政5年(1793年)、筑後国久留米で自ら命を絶ったにゃ。
享年46歳――まさに志を貫いた一生だったんだにゃ。
その誠実さと清らかな信念は、時代を越えて多くの人族の心を打ったにゃ。
やがて明治になり、「この志を永遠に残したい」と願う人々の想いから、
彦九郎様は神として祀られることになったにゃ。
だから、高山神社は「志の神様」として知られ、
訪れる人族たちは「努力を実らせたい」「信念を貫きたい」と願いを込めて手を合わせるにゃ。
ぼくルリマも参拝したとき、心の中でこう思ったにゃ

「夢を追うのは大変にゃけど、諦めない気持ちはきっと届くにゃ」
この神社は、そんな“まっすぐな志”を静かに見守ってくれる場所にゃん。
実は、京都の人にとっては馴染み深い人で三条大橋に待ち合わせ場所として有名な銅像になってるんだにゃ!
御所に礼拝しているポーズをしているんにゃけど、土下座ポーズに似ているから京都の人は土下座で集合にゃ!って親しみを込めて集ってるんだにゃ🐱

🐾にゃんとも美しい!藤の花が咲く春の高山神社🐱
🌸春には満開の藤が参道を彩るにゃ
春になると、高山神社の境内は藤の花の香りでいっぱいになるにゃ。
毎年4月下旬から5月にかけて、長い藤棚が紫の花房をたっぷりと垂らし、まるで天から降る薄紫のカーテンのように神社を包み込むんだにゃ。
風に揺れる花の姿はほんとうに優雅で、参道を歩くだけで心がふわっと軽くなるにゃ。
この藤は、地元の人族たちにとっても春の風物詩。
「藤が咲いたら、高山神社へ行こう」と言われるほどで、毎年多くの参拝者が訪れるにゃ。
香りはあまく、でもどこか凛としていて、まるでこの地を守る“志の香”のよう。
写真好きの人族たちも夢中でシャッターを切るにゃん📸
ルリマもつい、毛に花びらが落ちるのも気にせず見惚れちゃうくらいの美しさにゃ。
高山神社の藤はただの観賞用じゃないにゃ。
それは、この地の人々の祈りと歴史が咲かせた花なんだにゃ。
長い年月をかけて守り育てられ、今では「心を癒す藤」として知られているにゃ。
🌿藤の花と“志”の共通点にゃん?
藤の花には、ただの美しさだけじゃなく、深い意味があるにゃ。
そのつるはどんなに風に揺られても折れず、やがて上へ上へと伸びていく。
つまり藤は、「しなやかさの中にある強さ」の象徴にゃん。
これはまさに、御祭神・高山彦九郎様の生き方そのものにゃ。
幕府に警戒されても信念を曲げず、国を思い続けた志。
それは、藤のように静かで美しく、けれど決して折れない強さを秘めていたにゃ。
そして春の藤が満開になるころ、境内はまるで彦九郎様の“志の花”が咲いたように見えるにゃ。
紫の花の下で手を合わせると、自然と「自分も前を向こう」と思えるんだにゃ。
ルリマはこの光景を見るたびに思うにゃ。

「藤はね、咲くのが遅いようで、ちゃんとその時を待ってるにゃ」
努力も夢も、焦らず続けることが大切にゃん。
高山神社の藤は、そのことを静かに教えてくれる花にゃの。

🐾ご利益は“志ある願い”にゃ🐱
🎓学業成就・家内安全・国家安泰を見守る神様にゃ
高山神社の御祭神・高山彦九郎様は、勤勉で誠実な生き方を貫いた尊皇思想家にゃ。
その生涯が象徴するように、神社では「努力が実を結ぶご利益」があるといわれているにゃ。
特に人気なのが、学業成就と受験合格祈願。
「まっすぐ学びを積み重ねる姿勢を彦九郎様が見守ってくださる」として、
学生さんや資格試験を控える人族たちが、全国から参拝に訪れているにゃ。
さらに、家内安全や無病息災、国家安泰のご利益も篤く、
家族みんなでお参りする人族も多いんだにゃ。
春の藤が咲く頃は、家族そろって参道を登る姿がたくさん見られて、
まるで「志の花」と「家族の絆」が一緒に咲いているように感じるにゃん🌸

🐱毎月の猫御朱印や戌の日の犬御朱印も素敵にゃ
高山神社といえば、季節ごとに登場する御朱印の可愛さでも有名にゃ!
ぼくルリマのお気に入りは「猫の日」御朱印🐾
ハロウィンのかぼちゃと一緒に笑っている黒猫さんたちが描かれていて、見てるだけでにゃんとも幸せな気持ちになるにゃ。
ほかにも、犬族の日(戌の日)限定の「戌の日御朱印」も人気にゃ。
白くてふわふわなわんこ達が並ぶデザインで、安産祈願や家族の健康を願うご参拝が多いにゃ。
どちらも手描きの温もりがあって、季節ごとに絵柄が変わるから、集める楽しみもあるにゃん♪
そして神社の授与所には、健脚健康守や交通安全守など、彦九郎様の“足で歩き続けた志”にちなんだお守りも並んでいるにゃ。
猫族でも思わず抱きしめたくなるほど優しい色合いで、ひとつひとつに祈りの心がこもっているにゃ。
高山神社の御朱印やお守りは、単なる記念品じゃなくて、
「志を忘れず日々を大切に生きる」ための小さな道しるべにゃん。


🐾高山神社への行き方と参拝のポイントにゃ
🚗群馬・太田駅からアクセスも良好にゃ
高山神社は、群馬県太田市本町48-32にあるにゃ。
最寄りの東武伊勢崎線・太田駅から車で約10分ほど。駅から歩く場合は20分前後で、ゆっくり街並みを眺めながら向かうのもおすすめにゃ。
駐車場も完備されているから、車での参拝も安心にゃ。
境内は小高い天神山の上にあって、登る途中の坂道や石段からは、太田の町並みを一望できるにゃん。
営業時間は10:00〜15:00で、春の藤の花シーズンには早朝の参拝がとっても気持ちいいにゃ。
藤の香りと清らかな空気が合わさって、まるで心が洗われるように感じるにゃん🌸
もし季節限定の御朱印をいただきたい人族は、授与時間を確認しておくといいにゃ。
授与いただける日は、10時〜12時、13時〜15時の間の場合が多いにゃん。

🙏神葬祭や地域行事にも寄り添う神社にゃ
高山神社は、ただの参拝場所じゃないにゃ。
人生の節目に寄り添い、人族の願いを丁寧に受け止めてくれる“生きる神社”なんだにゃ。
ご祈祷はとっても幅広く、学業成就・合格祈願・安産祈願・縁結び・厄除け・商売繁盛・延命長寿・家内安全・国家安泰など、まるで彦九郎様の志がそのまま形になったような祈りがたくさんあるにゃ。
そしてもうひとつ特筆すべきなのが、神葬祭(しんそうさい)にゃ。
これは仏教伝来よりも前からある、日本古来の葬儀の形。
高山神社では、通夜祭から火葬祭まで誠心誠意対応してくださるんだにゃ。
身分や立場に関係なく、どんな方にも平等にお仕えするという信念のもと、
家族葬や身寄りのない方へのご奉仕にも応じてくださるそうにゃ。
このあたたかさは、まさに「人を想う神社」そのものにゃん。
高山神社の神葬祭は、神道の教えにもとづいた厳粛で静かな儀式で、
人生の最後を「感謝と報告」で締めくくる日本古来の美しい形にゃ。
まさに“志の終(おわ)り”を見守る場所として、多くの信頼を集めているにゃ。

🐾まとめにゃ🐱 志が息づく“藤香る神社”にゃん。
高山神社は、志と誠実さを大切にする人族たちを見守る聖地にゃ。
御祭神・高山彦九郎様の生き方は、努力を続けることの尊さを教えてくれるにゃ。
二百段の石段を登ると出会える清らかな空気、春に咲く藤の花、
季節ごとに変わる猫御朱印やあたたかなご祈祷――そのすべてが「志の神社」らしさを語っているにゃん。
学業成就や家内安全のご利益を求めて訪れる人族はもちろん、
日々をまっすぐに生きたい猫族にもぴったりの場所にゃ。
藤の花のように、静かに、でもしなやかに前を向く心――
それを思い出させてくれるのが、この高山神社なのにゃ🐾